三宅貴夫(弥栄町国民健康保険病院院長)
国,地方自治体,民間団体等で進められている痴呆老人への保健・医療・福祉のサービスは、量的な拡大は認められるが、そのサービスの質については数々の問題が指摘されている。また、実態については十分な把握がなされているとは言えない。
特に病院や老人ホーム等の施設のおけるケアの質については断片的に報告がなされているに過ぎない。本研究は、痴呆性老人への保健・医療・福祉のサービスを実際に利用した介護家族の視点からそのケアの実態を把握し、今後のサービスの質的な改善の資料とすることを目的とした。
1997年10月現在「社団法人呆け老人をかかえる家族の会」(以下「家族の会」とする)の会員で、過去5年間に痴呆の人(痴呆性老人を含む)を在宅で介護したか、痴呆の人が病院・老人ホーム等の施設に入院・入所している家族およびその痴呆の人を対象とした。調査時に死亡している例および65才未満の痴呆の人も含めた。
「家族の会」の会員でこれに該当する対象者を調査時点で特定できなかったので、会員全員に調査用紙を郵送し、該当する介護家族自身が調査用紙に記入回答し受取人払いの返信用封筒で返送した。調査期間は1997年10月より12月末までとした。
調査項目は、以下のとおりである。
1)痴呆の人の年齢
2)痴呆の人の性別
3)痴呆の発病期間
4)保健・医療・福祉等のサービスの利用の有無とその内容(老人ホームの長期入所,老人保健施設の入所、病院・診療所の入院など16項目で複数回答とした)
5)介護家族自身が判断した「不適切と思われるケア」の有無とその内容(職員らの言葉づかいに関すること、食事の介助に関すること,排泄の介助に関することなど14項目で複数回答とした)
6)利用したサービスの「不適切と思われるケア」の内容(利用したサービス別にケアの内容を自由記入とした)
7)「不適切と思われるケア」への介護家族の施設・職員等への対応(対応の有無とその内容を自由記入とした)
8)対応した家族へに対して施設・職員等の対応(対応の有無とその内容を自由記入とした)
9)ケアに関する介護家族の思いや意見など(自由記入)
10)都道府県名
なお「不適切と思われるケア」については、本調査では基準を設けず介護家族自身の判断にまかせた。但し調査用紙に、例として、「痴呆の人へ職員が子ども扱いした話しかけをする」「痴呆の人がデイサービスセンターを利用中に何もしてくれない」「痴呆の人が病院で夜間動き回ると催眠剤をのませておとなしくさせる」などを挙げた。
有効回答数は673である。調査時に生存していた人は531人(78.9%)、死亡していた人は142人(21.1%)である。痴呆の人の年齢は、生存例では、80〜84才に最も多く(生存例に対する割合21.3%)、85〜89才(20.7%)、75〜79才(19.0%)と次ぐ。
なお65才以上の痴呆性老人は、全回答数の95.8%である。
性別は、男性27.0%、女性71.0%、不明1.9%である。痴呆の型は、アルツハイマー型42.9%、脳血管型48.0%、混合型9.4%である。発病期間は、5年以上10年未満が最も多く(38.9%)、5年未満(31.1%)、10年以上(25.9%)と次ぐ。
過去5年間のサービスの利用の有無は、「あり」が651人(96.7%)、「なし」が19人(2.8%)である。
サービス別の利用頻度は以下のとおりである(利用した651人に対する割合:%)
老人ホームの長期入所(14.6) 老人ホームの短期入所(37.9)
老人デイサービスセンター(56.7) 老人保健施設の入所(18.9)
老人保健施設の短期入所(31.0) 老人保健施設のデイケア(24.3)
病院・診療所の入院 (50.8) 病院・診療所の外来(42.1)
病院・診療所のデイケア(9.4) グループホーム(1.7)
民間の託老所・宅老所(7.7) ホームヘルパー(24.7)
訪問入浴サービス(12.3) 往診・訪問診療(24.9)
訪問看護(20.7) その他(6.1)
1)「不適切と思われるケア」の経験のある介護家族は432人(64.2%)、経験のない家族は215人(31.9%)、不明26人(3.9%)である。
2)「不適切と思われるケア」の内容は以下のとおりである(全回答者673人に対する割合:%)。
職員らの言葉づかいに関すること(23.3)
食事の介助に関すること(20.4)
排泄の介助に関すること(22.7)
入浴の介助に関すること(8.2)
日々の過ごし方に関すること(23.9)
施設内での行動の制限に関すること(8.9)
ベッドに手を縛るなど抑制に関すること(14.4)
チューブによる栄養(経管栄養)に関すること(4.6)
薬に関すること(12.8)
検査・治療に関するこ(9.5)
サービス利用時の費用など金銭に関すること(2.1)
施設・設備に関すること(8.6)
インフォームドコンセントに関すること(11.0)
その他(4.9)
「不適切と思われるケア」を経験したサービスとそのケアの具体的な内容を自由記入とした。
サービス別の「不適切と思われるケア」の頻度は以下のとおりである(サービスを利用した651人に対する割合:%)
老人ホームの長期入所(7.8) 老人ホームの短期入所(17.4)
老人デイサービスセンター(12.0) 老人保健施設の入所(7.2)
老人保健施設の短期入所(13.7) 老人保健施設のデイケア(6.3)
病院・診療所の入院 (25.0) 病院・診療所の外来(6.9)
病院・診療所のデイケア(2.0) グループホーム(0.9)
民間の託老所・宅老所(0.5) ホームヘルパー(3.4)
訪問入浴サービス(1.4) 往診・訪問診療(1.1
訪問看護(1.7) その他(0.8)
自由記入の内容は多様であり、「子供扱いした言葉使い」「食事を途中で下げられる」「ポータブルトイレが使えるのにオムツを使う」「歯があるのに流動食を食べさせる」「手をベッドに縛られ、いつも素足」「放ったらかし」「強い薬でもうろうとなり食事さえ出来なくなった」「鍵付きの個室に入れられた」等々である。
なおサービス別の「不適切と思われるケア」の頻度として「不適切と思われるケア」サービス別の割合とサービスの利用割合の比率(上記の2「利用したサービス」の%に対する4「サービス別『不適切と思われるケア』」の%の割合:%)を求めた 。その結果は以下のとおりである。
老人ホームの長期入所(53.4%) 老人ホームの短期入所(45.9)
老人デイサービスセンター(21.2) 老人保健施設の入所(38.1)
老人保健施設の短期入所(44.2) 老人保健施設のデイケア(25.9)
病院・診療所の入院 (49.2) 病院・診療所の外来(16.4)
病院・診療所のデイケア(21.3) グループホーム(52.9)
民間の託老所・宅老所(6.5) ホームヘルパー(13.8)
訪問入浴サービス(11.4) 往診・訪問診療(4.4)
訪問看護(8.2) その他(13.1)
「不適切と思われるケア」を経験した介護家族が、そのケアについて職員や施設へ対応した介護家族は199人、対応しなたかった介護家族は179人で、「不適切と思われるケア」を経験した介護家族のそれぞれ46.1%、41.1%にあたる。
その対応の内容は多様であり、「入浴を嫌がる痴呆の人へプロとして対処してほしいと要望する」「デイケアの家族同伴を断わった」「薬を減らしてもらった」などである。
上記の介護家族の対応への施設や職員らの対応については、対応したが92件、対応しなかったが102件であり、対応した介護家族数に対してそれぞれ46.2%、51.3%である。
なお本調査における介護家族の「不適切と思われるケア」に関する自由記入の内容については、最終報告書で詳しく紹介する。
痴呆の人の在宅、施設等における虐待の実態についてはわが国でもいくつかの調査報告がある。
しかしそれらは、保健所、保健センター、介護支援センターなどでの相談や事例をとおしてのものであり、調査による実態把握は自ずから限界がある。
本調査は、家族の会の会員である介護家族の立場や視点からの保健・医療・福祉のサービスのケアの質の実態しようとしたものでわが国では初めてと思われる。
調査対象者が、家族の会の会員であり、その特性があるとしても介護家族からの「不適切と思われるケア」の実態がかなり把握されると考える。
本調査では、「虐待」ではなく「不適切と思われるケア」としたのは、保健・医療・福祉のサービスのケアの質を虐待よりより広く把握する方がよいと考えたからである。
また「不適切と思われるケア」の基準の設けなかったのは、基準を設定することが困難であり、「不適切と思われるケア」とは主観的な要素もあり、またより広くサービスのケアの質の実態を把握するためである。
このため本調査のなかに実態として「不適切と思われるケア」ではない例も含まれている可能性は否定できないが、「不適切と思われるケア」が主観的な面も無視できなく、介護家族がそのようにとらえている事実も重要であると考えた。
調査に回答した介護家族のほとんどが調査時の過去5年の間、なんらかの保健・医療・福祉のサービスを利用している。そのなかで老人デイサービスセンターの利用の頻度が高い。これに医療機関の入院・外来、さらに老人ホームや老人保健施設の短期入所の利用の多い。
これはデイサービスーやショートステイを利用しながら痴呆の人を在宅介護している例が多い実態の現れと考える。
介護家族のおおよそ3分の2が痴呆の人がサービスを利用するなかで「不適切と思われるケア」を経験している.その内容や頻度や程度は別にして、この割合は高いと考えるのが妥当であろう。
「不適切と思われるケア」の内容については、言葉づかい、日々の過ごし方といった比較的「基本的日常的で簡単な」範疇に該当するケアに回答が多い.「子供扱いした言葉使い」「1日何もしないで過ごす」といった日常的にみられまた改善も困難でないと思われるケアと思われる。
これについで排泄や食事の介護など基本的な日常生活で1日何度か必要とする介助に関することに「不適切と思われるケア」が多い。
さらに痴呆の人の人権に最も関わる「抑制」については、全回答者の14.4%であり少なくないと考える。また行動制限は8.9%である。その他、経管栄養、薬、インフォームド・コンセントなどを無視できない「不適切と思われるケア」もある。
サービス別に「不適切と思われるケア」が頻度では、グループホーム、老人ホーム長期入所、病院・診療所の入院、老人ホームの短期入所、老人保健施設の短期入所と続きいづれも40%以上と多い。入院、長期入所、短期入所に「不適切と思われるケア」が生じる頻度が高く、実数を考慮すると病院・診療所において最も多い。
この結果は常時痴呆の人特有の介護が求められながら、それに対するケアの質を確保する体制などが整っていないことの現れと考える。
また施設内のケアのため介護家族の目にふれにくく介護家族が改善を求めにくい状況があるため「不適切と思われるケア」が生じやすいと予測される。これに対してデイサービスセンター、老人保健施設や病院・診療所のデイケアでの「不適切と思われるケア」は相対的に少ない。
本調査では、「不適切と思われるケア」の実態把握に関連して、こうしたケアに介護家族がどのように対応し、またその介護家族への職員や施設がどのように対応したかについて調べた。
前者については、おおよそ半数の介護家族がなんらかの対応をしており、後者についても、おおよそ半数で対応がなされていること分かった。
予測されたより多くの介護家族が対応していると考えるが、「不適切と思われるケア」を認めた場合は介護家族はより積極的に適宜要望し、施設・職員もこれに適切に対応することが望まれる。
このためにはオンブズマンの制度化も含めて痴呆の人のサービスにおけるケアの質の向上と人権の擁護がなされるきであろう。
本調査は、−「不適切と思われるケア」に関する介護家族の対場から−の初回で予備的かつ全体的な傾向を把握したものである。「不適切と思われるケア」の内容、要因、対応などについての併せて個別的で事例的な調査研究をを進める必要があると考える。
痴呆の人の保健・医療・福祉のサービスにおける「不適切と思われるケア」の実態を介護家族の立場からアンケート調査を行った。
過去5年の間に保健・医療・福祉のサービスを利用した痴呆の人とその介護家族を対象とした。ほとんどの介護家族はなんらかのサービスを利用していた。
「不適切と思われるケア」の判断は介護家族にまかせたが、おおよそ3分の2の介護家族がそうしたケアの経験をしていた。ケアの内容では、言葉つかい、日課に「不適切と思われるケア」が多く、排泄や食事の介助にも比較的多く、また抑制や行動制限も少なくなかった。
「不適切と思われるケア」が相対的に多く認められたのは、医療機関、老人保健施設、老人ホーム、グループホームの短期・長期の入院、入所における場合であった。
今後、職員の増員と研修、施設・設備の改善による痴呆の人へのケアの改善を図ると共に、「不適切と思われるケア」を監視するオンブズマン制度の導入することが痴呆の人のケアの質を高め人権の擁護に必要である。