(朝日新聞論説委員 大熊由紀子 氏 : NTTデータ・フォーラムより)
言い換えることによって隠される「真実」の情報
言葉を言い換えることによって、情報が意図的に曲げられたり、間違った印象を与えることがあります。そうした医療・福祉の中での言葉と情報について、お話いたします。
日本には、患者をベッドに縛りつける「抑制」という言葉があります。
「ベッドから落ちて骨折したり、点滴の管を外すと危険だから、これは仕方がない」と、多くの医療関係者は考えているようです。そんなに罪の意識を感じないものとして日常的に医療界で行なわれてきました。
オウム真理教の麻原尊師に命ぜられ人助けで「ポア」をするといって人を殺してしまったように、この「抑制」という言葉を使うことによって「縛る」ということの恐ろしさや犯罪性が覆い隠されてしまいます。
そのような内容の『ポアと抑制』というコラムを朝日新聞に書きました。1995年のことです。
先日、新潟県の犀潟病院で、食べたものが喉に詰まって患者が窒息死した事件がありました。でも、病院内では問題とされず、ただ単に死んだという届出が出されたのです。
不審に思った保健所の人の調査で、犀潟病院では日常的に患者を縛っていたことがわかりました。
いまだに「抑制」という言葉に覆い隠されて、このことを悪いと思っていない医療関係者もたくさんいるようです。
このように「寝かせきり」と「縛る」ことがわが国の医療機関の介護の大きな特徴ですが、そのようなことを批判する記事を書いても、要職にある人たちは自分は有料老人ホームに入るから大丈夫、と人ごとだと思ってなかなか現状を変えないということがあります。
そこで、「良い」有料老人ホームは、どういうところかを調べて書くことにになりました。調査したのは聖マリア・ナーシングヴィラという非常に有名な有料老人ホームです。
実際に行ってみると、入口は花がいっぱい飾られており、中に入るとふかふかの絨毯が敷いてあり、豪華な施設だなと思ってしまう。表から見学の申し込みをして、指定の日にでかけますと、美しい言葉が飛び交っており、かわされる言葉はもう敬語ばかりでした。
夕方の5時すぎに「入居の皆さまと同じ食事を召し上がっていただきたい」ということになりました。
ホームの方は「プラスチックの器は味気ないので、私どものところでは九谷や伊万里といった器を使っております。ご家族がいらっしゃいますと、この部屋で水入らずで召し上がっていただくのでございます」という。それで、食べ終わりますと、黒塗りのハイヤーが来て「駅までお伴させていただきます」というような対応でした。多くのマスコミや有名な評論家などがこの聖マリア・ナーシングヴィラをほめそやしていました。
でも、私も新聞記者ですから現状をこの目で確認しなければと思い、お手洗いを拝借いたしますといって、食事をいただく前に、ここの老人たちが本当は何を食べているか見に行きました。
そうしたら、ご飯の上に薬をパッとふりかけたチラシ丼というものを食べさせていたのです。
になると、老人たちはここでも縛られていました。あとで、このことを言い訳にきた人は、「縛っていても手足が動くので人道的でございます」といっておりました。
その実態を『週刊朝日』に大熊一夫が署名入りで発表しました。厚生省もさすがにそれには困って、その実態はどうなのかと県の老人福祉課に問い合わせたのだそうです。
老人福祉課からすぐ返事があり、「きわめて優良な有料老人ホームでございまして『週刊朝日』はインチキで困る」という返事で、厚生省は一安心したということでしたが、その課長があとで有名になった茶谷氏でした。