U 痴呆老人に関する情報及び考察

1. 痴呆性老人を抱える家族全国実態調査報告書(健康保険組合連合会)

 健康保険組合連合会が財団法人ぼけ予防協会に委託して行った痴呆症の介護等の実態調査結果が2000年3月に公表された。
 この調査は「痴呆性老人を抱える家族」の実態調査事業検討委員会(委員長:中島紀恵子北海道医療大学看護福祉学部教授)が調査を(社)家族の会の会員を対象に行った。
 

1. ぼけの人の74%は女性、平均年齢は79.4歳、発病年齢は72.4歳。
2. 64%が自宅で生活、次は老人ホームで12%。
3. 87%が受診歴があり、その74%が精神科・神経科。 
4. 介護者の続柄は29%が息子の妻、28%が娘、17%が妻。
5. 結婚してずっと同居が48%、途中からが35%(このうち57%が老人を呼び寄せた)。
6. 60%が介護のために仕事を辞めた。 
7. 59%が世話を続けたい。 
8. サービスの利用はデイサービス(79%)とショートステイ(66%)が多い。
9. 介護者がぼけた場合、老人ホームなどの施設で生活したいが62%、自宅が18%。

2. 痴呆性老人の将来推計数(厚生省)

推計数(万人) 老人(65才以上)に占める割合(%)
2000 156 7.1
2005 189 7.6
2010 226 -
2015 262 8.1
2020 292 -
2025 315 -
2030 330 -
2035 337 10.1
2040 324 -
2045 314 -
出典:「老年期痴呆診療マニュアル第2版」日本医師会発行 1999

3. 年齢階層別痴呆の有病率(在宅・1987年)

 

年齢階層(才) 65〜69 70〜74 75〜79 80〜84 85〜
有病率(%) 1.2 2.7 4.9 11.7 19.9
出典:「老年期痴呆診療マニュアル第2版」日本医師会発行 1999
 

4. 痴呆性老人の原因疾患と医療

  アルツハイマー型
痴呆
脳血管性痴呆 鑑別困難 その他
男 性 21.8% 54.7% 14.0% 9.5%
女 性 38.7 35.0 14.6 11.7
合 計 32.0 42.8 14.4 10.8
出典:「老年期痴呆診療マニュアル第2版」日本医師会発行 1999
 

痴呆の原因となる病気と症状

(1)アルツハイマー病
 初老期痴呆のなかで最も多いのがアルツハイマー病です。最近、65才未満で発病する場合を早発型アルツハイマー病と呼ぶことがあります。65才と以上で発病する場合は晩発型アルツハイマー病といいます。
 症状はどちらの型も同じで、いつとはなしに発病し、最初に目立つのが物忘れ(記憶障害)です。その後、仕事ができにくくなったり、日常的なことで間違いが多くなったりして一人では生活できなくなります。
 症状は時にゆっくり、時には急に進み、失禁、徘徊、普通口にしない物を食べようとしたりします。さらに進むとそれまで残っていた感情もかなり乏しくなり、意欲もなくなり、一日中ぼんやりしたり、寝たきりのような状態になります。末期には自分で食べることも飲み込むこともできないなってしまいます。
 このアルツハイマー病は、早発型の一部に遺伝による場合があります。しかしアルツハイマー病の原因や成り立ちがかなりわかってきていますが、遺伝、環境、加齢など複合的原因で発病すると考えられています。 アルツハイマー病は初老期痴呆を代表する病気ですが、アルツハイマー病そのものは年をとればとるほどなりやすい、むしろ高齢者に多い病気なのです。

(2)脳血管障害(脳卒中)
 脳血管障害は、脳梗塞、脳出血、くも膜下出血の3つの脳の血管の病気を総称したものです。脳血管障害による痴呆を脳血管性痴呆と、また単に血管性痴呆と呼ぶこともあります。
 脳血管性痴呆は脳梗塞、脳出血、くも膜下出血のいずれでも起こりうるわけで、65才未満で脳血管障害を発病し痴呆になれば初老期痴呆と呼びます。
 脳血管障害は、普通、突然に発病し、多くの場合は左側または右側の手足が動きにくくなる運動麻痺が現れ、痴呆だけの症状ということは稀です。しかし朝起きた時、手足はどうもないが、家族の名前が出てこない、電話をどうかけてよいかわからないといった事が起き、始めから脳血管性痴呆にることはあります。しかし多くの場合、脳血管障害を繰り返すなかで痴呆が現れ進んできます。 この脳血管性痴呆も特に初老期に多いというものでなく、高齢者の痴呆の約半分を占めています。

(3)ピック病・前頭葉型痴呆・前頭葉型痴呆
 ピック病(ピック先生が報告した病気)は、アルツハイマー病や脳血管性痴呆と比べ初老期に多い痴呆と言えます。しかしピック病は、始めからもの忘れなどの痴呆症状が出てくることは少なく、性格の変化や日常的な行動の変化として始まることが多い病気です。穏和な人だったのに短期になる、几帳面に仕事をしてたのに休むことが多くなる、下着が汚れても気にしなといったことで家族がおかしいと気づくきます。病気の最初の頃は記憶は比較的しっかりしているので「なまけている」とかと思っているうち、あまりに自分中心的で家族の言うことを聞かないので相談されることが多いようです。病気が進むと、痴呆症状が目立ちます。
 この病気は頭のCTを撮ると、大脳の前の方(前頭葉)だけが萎縮していることがわかり病気の診断の重要な参考になります。
 従って、ピック病は、広く「前頭葉型痴呆」の一部とも考えられいます。
 「前頭葉型痴呆」あるいは「前頭葉側頭葉痴呆」では、自発性の低下、緩慢な行動から始まり、病気が進むと言葉の障害や同じことを何度も繰り返すといった行動が目立つのよになります。
 これらの病気の原因は不明です。

(4)レビー小体病
 大脳の皮質(一番表面の部分)にレビー小体(レビー先生が発見した)が認められるこの病気は、記憶、思考、判断、言語、簡単な作業などが障害されます。人によっては幻覚やパーキンソン病のように身体が硬くなったりすることもあります。 原因は不明です。

(5)頭部外傷
 交通事故やボクシングで頭を強く打ち硬膜(頭蓋骨の内側の膜)の下に血のかたまり(血腫)ができて痴呆になることは少なくありませんが、血腫がなくても頭の強い打撲や頻回な打撲で痴呆になることがあります。慢性硬膜下血腫は高齢者に多いこの病気の一つですが、30、40才代の若い人でも頭の外傷の程度によっては痴呆になることがあります。

(6)クロイツフェルト・ヤコブ病
 一昨年、イギリスの牛の肉を食べて痴呆になり、「狂牛病」として騒がれたことがありましたが、これがクロイツフェルト・ヤコブ病(簡単にヤコブ病と呼ぶ。クロイツフェルト先生とヤコブ先生が報告した病気)と同じと言われています。わが国では、脳外科で使う他人の硬膜から感染してこの病気になった人が少なからずおり、薬害のひとつとして裁判になっています。
 原因はプリオンで、ビールスより小さい病原体で伝染する痴呆で、病気の進行は早い。

(7)その他
 この他に、手がふるえ身体が硬くなる「パーキンソン病」が進んだ場合、身体が踊っているような症状の「ハンチントン病」が進んだ場合、片側の腕や指の運動がうまくできなったりする「皮質基底核変性症」でも痴呆がでることがあります。「脳腫瘍」でも腫瘍の場所や程度によっては痴呆が現れます。また「エイズ」でも痴呆になることがあると言われます。「ダウン症候群」の人が中年期になるとそれまでの知的障害に加え、痴呆症状が現れるこがあります。また心筋梗塞などで一時的に心臓が止まって脳に血液が行かなくなって脳の神経が死んでしまい、心臓は動き始め一命は取り留めたとしても痴呆(低酸素脳症)になることがあります。一酸化炭素中毒でも脳が同じような状態になることがあります。

医療
 初老期痴呆の医療は、痴呆の原因によって異なりますが、一般的に医療は限られたものであり、治癒につながる治療になるとさらに限られていると言えます。

(1)アルツハイマー病
 アルツハイマー病の原因は解明されつつありますが、病気の全体の姿が分かったわかけではありません。しかしアルツハイマー病の病気の状態のひとつとして、脳内の神経に関係した物質の一つのアセチルコリンが脳の特定の部分で減少していることが以前から発見されています。このアセチルコリンを増やせば、アルツハイマー病がよくなるのではと考え開発された薬が、発売された順序でいうと、「コグネックス」「アリセプト」「エキセロン」の3つです。基本的にはどれも同じように脳内のアセチルコリンを増やす薬ですが、「アリセプト」は我が国のエーザイが開発され、1日1回の服用でよく、副作用が少ないなどのため欧米を中心に最も広く使われています。但し、実際にはすべてのアルツハイマー病に効くわけではなく、軽度から中程度のアルツハイマー病に有効とされています。できるだけ早く時期に使えてば使うほどよいとも言われています。しかしこの薬でアルツハイマー病が治るわけではなく、一時的に知的機能を改善したり、進行を遅らせる働きに限られています。この薬の効果の限界を知りながら適切に使われべきもとと思われます。
10年前には全く薬が何もなかったのと比べるとアルツハイマー病の治療の大きな進歩であり、この種の薬がより治癒につながる薬、さらには予防方法につながる発見がなされるかもしれません。
 ところで「アリセプト」は日本に製薬会社エーザイが開発した世界的な薬であるにもかかわらず、アメリカに始まっってヨーロバに拡がり、隣の韓国まで使われるようになっていながら我が国は未だ承認されていません。遅くとも来年始めまでには厚生省の承認が得られ日本のアルツハイマー病の人に使われるようになるのでしょう。その時に大切なことはアルツハイマー病の正確な診断です。この薬はアルツハイマー病にしか有効でないのです。

(2)脳血管障害(脳卒中)
 脳血管障害による痴呆(脳血管性痴呆)の医療は、老人と同様に根本的な治療の方法はありません。しかしアルツハイマー病と違い、脳血管障害の原因と思われる高血圧、糖尿病、高脂血症などの治療や管理を適切に行い、脱水などにも注意することです。
 一般的にアルツハイマー病と比べ、脳血管性痴呆は進行することなく知的機能も横這いのことも少なくなく、また通常の理学療法や作業療法などあるいは「生活リハビリ」などを試みるなかで知的機能が改善することも稀ではありません。
 最近評判が悪い「脳代謝賦割剤」「脳代謝改善剤」は痴呆の中心症状を改善することは少なく、実際にあまり期待できない薬と考えます。もっとも試みに使用することまで否定はしません、脳血管性痴呆への多面的な医療の一部として限られて使われもでしょう。
 忘れてはならないことは脳血管性痴呆の予防です。高血圧など脳血管障害になりやすい状態や病気をきちんと治療することで脳血管性痴呆のかなりのものは予防できるはずです。

(3)ピック病・前頭葉型痴呆・前頭葉側頭葉型痴呆
  これは原因も不明で治療の方法も全く分かっていません。病気が稀なこともあり、アルツハイマー病ほど脚光を浴びていないので原因や治療の研究も限られた医師や医学者達でしか行われていません。

(4)レビー小体病
 これもピック病と同じです。治療についてはほとんど手がつけれられていません。この病気については我が国の優れた研究者が出ていますが、医学界でも社会的にも注目されていません。

(5)頭部外傷
 一度症状が出てからの治療が困難です。治療より予防。交通事故、労働災害、ボクシングなどで頭を頻回に殴られることを避けることです。

(6)クロイツフェルト・ヤコブ病
 これはプリオンという伝染性の病原体で発病し、グルメが過ぎて哺乳類の脳を食べるのは辞めた方がよいでしょう。プリオンに感染した肉で感染するかもしれません。また以前は人の脳の硬膜を移植して感染させられた人もありましたが、現在はないはずです。この病気も治療より予防です。

(7)その他
@パーキンソン病
 パーキンソン病には、多種多様な薬があり、手のふるえや体が固くなる「神経症状」は軽減され、病気の進行を遅くすることができますが、病気そのものを治すわけではありません。病気が進行してでてくる痴呆の症状を改善する治療の方法はないのが現状です。
Aハンチントン病
 体が意志に関係なく動いてしまい、踊っているような動き痴呆がでてくるこの病気も治療法がありません。
B皮質基底核変性症
 片側の腕や指の運動がうまくできなったり痴呆も伴う「皮質基底核変性症」も治療方法がありません。
C脳腫瘍
 症状が痴呆だけという脳腫瘍は稀ですが、痴呆に気づき脳腫瘍を早期に発見して脳外科的な治療で痴呆が治ることはあります。
Dエイズ
 エイズについては最近いくつかの有効は薬があり、進行をかなりくい止めらようになり、痴呆状態になる人は少ないようです。
Eダウン症候群
 この病気の痴呆についての治療はよくわかっていません。
F低酸素脳症
 エイズと同様に予防が重要ですが、一度低酸素の状態で脳の神経細胞が破壊されると後いくら脳に酸素を送っても再生することは殆どありません。
 

5. 老人保健施設の入所者の4分の3が痴呆

厚生省が発表した1997年の老人保健施設調査報告によると、同年10月1日現在、老人保健施設の施設数は1853(1998年7月では2142)で、このうち痴呆専門棟加算をとっている施設は325です。また定員は16万2180人(1998年7月では18万6934人)です。

入所の主な病気は痴呆が32.0%で、脳血管障害の30.5%より多くなっています。また入所者の74.4%に痴呆を認め、痴呆を認ない人は25.6%です。なお41.2%がランクB、Cの「寝たきり状態」です。同年9月の間に対所した人のうち46.6%が家庭に戻り、平均在所日数は93.6日です。
 

6.  若年性痴呆の人 約2万6000人(厚生省研究班)

厚生省研究班(班長:一ノ渡り尚道防衛医大教授)は、若年性痴呆の実態を調査しその結果を報告しました(1998年)。それによると18才から64才までの年齢で全国に約2万6000人いると推計しています。

さらにこのうち1425人について詳しく調べたところ、約6割の人が、「日常生活に絶えず監督が必要」か「独立して生活するのは危険で、かなりの程度監督が必要」と判定される人であった。また徘徊などの「問題行動」や幻覚などの精神症状を認める人が半数以上いた。さらに障害者手帳なと福祉サービスを受けている人が46.9%。障害年金を受けている人が40。7%であった。
なお初老期(非高齢期)痴呆については、(社)家族の会が既に全国的な調査を行っており、40才から64才の年齢層に約8万人いると推計しています。またこうした人を介護する家族の問題として、経済的な負担、子供らへの影響、福祉等のサービスを利用できないなどの問題を指摘しています。
 

★精神病院の入院患者で行動制限されている人の4分の1が痴呆の人

 厚生省の研究班(主任研究員:浅井邦彦浅井病院院長)が昨年6月に行った精神病院における行動制限についての調査結果が25日に明らかにされました。
 それによると全国で1万4000人が精神病院で拘束・隔離などの行動制限をされていると推計されます。このうち4分の1が痴呆患者でした。制限の9割は身体拘束で、このうち4割は車椅子への固定でした。身体拘束を1月以上されている痴呆患者は250人いました。(朝日新聞4月26日版より)
 精神保健法により精神障害者の人権を配慮しなければならない精神病院でぼけの人に適切な医療、ケアが行われているのか疑問視される調査結果と思われます。
 

★介護保険施設の8割で身体拘束(京都府)

 京都府は、1月4日に府内(京都市を除く)の介護保険施設での身体拘束の実態を発表しました。昨年10月から11月にかけて京都府内の介護老人福祉施設など236施設(回答数218施設)での身体拘束の調査を行った結果によると、82.6%の施設で身体拘束を行っており、拘束を受けた人は延べ4132人でした。拘束についての説明の有無は,説明している施設は67.4%,拘束が必要か否かの判断は,ケア会議等による施設が52.6%,施設長や医師による施設が28.9%,現場の介護職員による施設が20.6%,拘束が廃止できない理由として施設の回答(複数回答)は、職員が少ない(45.9%),家族からの苦情への懸念(41.3%),機器や設備の開発が進んでいない(31.7%),介護の工夫や方法がわからない(17.9%),意識の不足(10.1%)などをあげています。(京都新聞2002年1月4日号などより)